食の大切さをみんなに知って欲しいから


 達朗シェフの幸せ料理教室では食育活動の一環として全国で開催しております。

ある時は大人だけの料理教室を・・・

ある時は子供も大人も交えた料理教室を・・・

食育活動への想いを綴っていますのでどうぞごゆっくりご覧ください。

1・僕が少年期からみてきた食と言うもの

 

 

食べることも、つくることも大好きだった少年期。

よく自宅のキッチンでラーメン研究に精を出し、

学校の自由研究の題材にしたりと色々と一人でつくっていたものです。

母が休みの日、一緒にデザートをつくったりと、

キッチンで一緒に料理をしたことが未だに母との想い出として残っています。

こう考えてみると料理と言うものには素晴らしく大きな影響力があるものだと感じさせるものがあり、

今僕自信が親となって小学生の息子と一緒に料理をつくった時間は

僕自身もそうだったように息子の記憶にずっと残って行くでしょう。

今現代、キッチンでの親子の交流ができる時間が持てているご家庭はどれくらいあるだろうか。

食育と言う言葉を知らずに成長し大人になって行くことがどう影響を及ぼすのだろう。

ニュースなどにおける様々な食育問題には色々なケースが挙げられています。

僕が幼少期の頃はあまり食育と言う言葉そのものすら聞きませんでしたが、

今は世界共通に公にされ大きく世間に取りざたされるようになり、

食を通して様々な問題や食と医学の精通を意味する医食同源というものの重要さが

公になってきたことが原因ではないかと考えています。

年々増長するアレルギー問題に際し、現代の旅行会社では

アレルギーをもつ子供から大人を対象にした観光ツアーなども見受けられています。

これも世界に共通する時代背景の変化の一つに挙げられるのではないでしょうか?

昔と現代とどう変わってきたのかを様々な視点で僕らは考えていかなければならないと思うし、

それを子供と一緒に向き合っていかなければならないと考えています。

 

 

2・大人から子供へ、子供から大人へ

 

 

交流とはまずなんなのだろう?

子供との接っする時間てたくさんありそうで、持てなかったりすることがあるかと思う。

子供も親との接し方に悩むことが成長するにつれてあったりするだろうし、

僕自信が子供の頃そう感じたように悩んだ時期が正直ありました。

その悩みが何で生まれたかというと、親と一緒に何かをすることの交流が成長するにつれて

少なくなってしまったことなんだと感じます。

大人になって子をもつ親になった今、子供との上手な接し方とは?に悩むことも勿論あります。

そんな悩みを抱えていた頃、僕が思い立ったのは子供と同じ立場で何かをしよう!でした。

ある日僕は息子に「一緒に料理をつくろうか!」と声をかけてみました。

その言葉を聞いた息子は直ぐ様「うん!パパと料理つくりたい!」って嬉しそうに言葉を返してきました。

きっときっかけなんだと思います。

きっかけをつくってあげることで子供は親と交流できる時間が自然に出来るのだと感じます。

「料理を一緒につくろうか!」と突然言って、

初めて聞いた子供には未知だし最初は恥ずかしがるかもしれないけど

不思議と一緒に料理をつくる時間を共有することで色々な事をお互いに学ぶことが出来ます。

きっかけを料理に例えてお話をしましたが、最初のきっかけこそ子供との繋りの一つだと思います。

こういう何気ないきっかけつくりは、どのご家庭で誰にでも出来る一つの食育と考えています。

そうやって大人から子供へ子供から大人へ伝わっていく大切な循環だと思うからこそ、

二度と戻らない時間の中で、交流できる貴重な時間をつくって子供へ伝えていって欲しいです。

 

 

3・食べれる国と食べれない国

 

 

大量生産、大量廃棄が多くみられがちな今の日本の経済事情。

当たり前など一つもないのではないかと感じます。

食べれることがどれだけ命を左右するだろう。

現代、食べることを選択できる事が益々増え、それがありがたいことなのか、そうではないのかと考えると僕自信でも抱える悩むべき一つの問題のようにも思います。

嫌いだからこれは食べない→栄養が偏る→身体に異変が起こる→体調を崩す

という連鎖が招じてくるケースが多いとされています。

食べ物はエネルギー源であり、それを摂取することで丈夫で健康な体をつくっていけるわけです。

世界には食べれない国が事実今も存在しています。

貧困が伴うということは必要なエネルギーや栄養素を摂取できずに

幼くして亡くなってしまうことが貧困という現状なのです。

米、野菜、魚、動物、全てに命が含まれて生まれてきた大自然の恵みであり、人と同じように命を宿っています。

食材への好き嫌いの選択の視野が広くなれば、様々な病気を招く場合も多々あるだろし、

なによりもその食べる選択すら出来ない人にとってみたら、その人達はどう感じるのだろうかと考えると切ない気持ちに胸がいっぱいになります。その食べるということの理解と大切さをみんながこれからも

知っていかなければならない必要なことであると思います。

 

 

4・感謝

 

 

食べれることへの毎日の感謝。

生産者があって僕らは成り立っています。四季を通して見えないところで大変な苦労を背負いながら

消費者のもとへ届けられてくるのです。

その一つ一つが人の手によって僕らのもとへ送られてくる。食べやすいように店頭に並べられ、

野菜、肉、魚…どれも命を持っている。

その食べれるという恩恵を今一度持つべきではないだろうかと思います。食べ残しがリサイクルされ、無駄にはならないと言うことが本当に正しいことでしょうか?無駄がなければそれで良いことなのか僕には疑問符が残ります。

「ぶたにく」という本の中で、

余ったり食べ残されたり手付かずのままの食材がリサイクルにだされ、そのリサイクルの一つとして豚の餌になり、

その餌の中には豚肉もはいっていたりもするということ知り、僕は頭の中が真っ白になりました。

届けられた命を残さずいただくことを日々の日常の中で一人一人が考えていけるようになれば、

食べ残しのリサイクル法も違う形に変わっていけるようになるのではと思います。

 

 

5・これからの未来の架け橋に。

 

 

僕は食と言うものをどれだけ大事であるかを活動をするなかでこれからも一人一人に伝えていきたい。

僕の中での食への疑問点や希望やどう人に影響が出ていくのかを前文で綴りました。

それは押し付けなどというものではなく、アレルギーを抱えている方や普段の

日常の中で抱えているみなさんの食にたいしての思いがたくさんあるかと思います。

その抱えている一つでも解決策になれたら嬉しいし、前文でお話をしたように

それが子供と大人が理解しあえる環境の場になれればいいと思います。

アレルギーを抱えていること、好き嫌いの問題を抱えどういう風に食の面で接して行けば良いのか

悩んでいる御家庭もあるかと思います。

それをどう取り組んでいけるか、真剣に見つめなければならない事だと思うし、

食というテーマを一つ一つ真剣に考えていくことで様々なものが変わっていければいいと考えています。

食べることの大切さ、命のありがたさ、意識や知識を少しもつだけで未来の架け橋になると思うんです。

幸せ料理教室を開催する度に大人の方の笑顔や嬉しいご意見、

子供のくったくのない笑顔に僕自身の活動に精を出せる源になっています。

そんな笑顔がもっとたくさん増えていけるようにこのような形で

僕は食育活動を通して幸せ料理教室を全国で開催しています。

 

 

tell

親子の交流を食を交えて触れてもらう時間をつくります

eat

音読を交えて食べることの大切さを学んでいきます

thanks

子供も大人も発見を楽しむ時間を共有出来る事への感謝を学んでいきます

future

子供と一緒に料理をつくることで未来の食育を考えることが出来る料理教室です




食育授業・講演会の詳細は、こちらをご覧ください。